なぜ「オシャレなTシャツ」は売れるのか?消費記号論の観点から探る

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お疲れ様です、ローンウルフです。

我々は日々「物」を消費して生活しています。それは基本的には生活に必要であるから消費を行っているのであり、そうした消費は「機能の消費」とも呼ばれます。

しかし消費活動は必ずしも「機能の消費」を目的としたものだけとは限りません。機能の消費の裏に隠された、いわば「記号の消費」をも行っているのです。

例えば腕時計を買おうとした場合、機能性だけを考えれば時間さえわかれば時計としての機能を果たしていると言えます。

しかし腕時計の中にはそれこそ100万円を超えるようなものもあり、もはや機能の消費をはるかに超えた消費と言えるでしょう。これ↓とか200万近くもします。

時間を調べるためだけにこれだけのお金を払う必要があるのか?っていう話ですよね。それでもこうした商品が売れるということは、こうした高級な腕時計をつけることにより、

「俺はこれだけの高い腕時計をつけられるほどの稼ぎがあり、それだけの多くのお金を稼ぐ能力をもった人間なんだぜ」

と消費によって自らに社会的ステータスを付与することを狙っていると言えます(もちろん全員が全員そういうわけではないんでしょうが)。

現代社会に特徴的な消費である「記号」の消費

しかし現代社会における消費は、この権威付けとも違う、別の意味合いを持たせたものがあると指摘した人がいました。それがジャン・ボードリヤールです。

ボードリヤールは、現代社会において消費されるのは、使用価値としての財やサービスだけではなく、その物の裏にある「記号」であると主張しました。

ボードリヤールによると、「記号」は個人の所属を示し、他者との差異を示すものであり、人々はこの記号を消費することによって他の人々との「差異の欲求」を満たしているとしました。

これはどういうことかというと、例えばTシャツを買おうとしたとき、ただ服としての機能を果たすのであれば量販店のTシャツを買って着れば事足ります。

しかし消費により人との差を示したい人、自分はオシャレな人たちのグループに所属しているんだ!と示したい人は、セレクトショップで売られているような個性が主張されている「オシャレ」なTシャツを買うわけです。

個性を主張するため、そのTシャツという物に付与された「オシャレさ」という記号を消費しているのだとボードリヤールは主張しました。

企業の広告によって規定されている「記号」

しかしこの「記号」は一体だれが決めているのでしょうか?それは消費者ではなく、他ならぬ企業側の戦略にあるのです。

企業は広告によりブランドイメージを消費者に植え付けることにより、「自分らしさ」「他人との差異」を演出し、商品によって個性を規定しているとボードリヤールは指摘しました。

記号の消費においては、需要が供給を規定するのではなく、供給が需要を規定しているのです。「レアモデル」なんかがその典型ですね。

ただ「記号」はあくまでイメージであり、消費者を巻き込んで絶えず変化し続けます。商品を販売したメーカーが当初想定していたユーザー層とは違った層に受け入れられるということも往々にしてあります。

ですがそれを考慮しても、企業の広告戦略は実際の消費者の消費活動に大きな影響を与えていると言えるでしょう。

消費を楽しむためにはうまく「記号」を使いこなしていくことが大切

こうした話を聞いて、「俺は企業の広告戦略には騙されない、機能の消費だけで充分、全てコスパ重視だ!」と思う人もいると思いますし、それは一つの正解かもしれません。こればかりは個人の価値観によるところが大きいですから。

ですが何もかもコスパ重視だと価値判断の基準がお金だけになってしまい、金銭換算されないものに対して価値を感じなくなってしまうかもしれません。

こうした「記号」とうまく付き合っていくことが、資本主義社会における消費というものを、本当の意味で楽しむ上で必要であると私ローンウルフは考えています。

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