「投資は自己責任で」という言葉は免罪符になり得るか

2021年4月29日

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お疲れ様です、ローンウルフです。

投資や金融商品に関する情報を提供するホームページやブログを見ていると、「投資は自己責任で」という言葉をよく見かけます。

これは情報を提供はするけど、その扱いについては最終的に情報の受け手側で判断し、その結果もこちらに責任は求めず自分で負ってくださいねという意味合いが込められているのだと思います。

しかし「投資は自己責任で」という言葉が免罪符のように使われ、情報発信者としての責任を全て回避してしまうことは妥当なのでしょうか?

今回の記事では、この「投資は自己責任で」という言葉について自分なりに掘り下げて考えたいと思います。

基本的には「投資は自己責任」だが

まず始めに言っておきたいのは、私もこの「投資は自己責任で」という言葉に基本的には賛成です。

投資というものはあくまで自分の頭で考えて自分で判断すべきものであり、その結果責任も自らが負うべきものです。他者に責任転嫁するのは筋違いです。

他者にその原因を求めるのでは、自らの判断の誤りに気付くことも出来ないので、投資成績の向上という観点からも避けたほうがいいと思います。

とはいえ情報発信者側の立場として考えた場合に、完全に情報の受け手に責任を負わせてしまうのもどうなのかなという思いもあります。

ある程度自分の中で根拠があってそれに基づいて情報発信をしているわけですから、自らが発信した情報に真摯に向き合うという意味では情報発信者側にも責任はあるのかなと思っています。

身銭を切って自らも結果責任を負う大切さ

そうした観点から考えると、やはり身銭を切るという考えが大切だと思います。すなわち発信している情報通りの手法を自らも取る、ということです。

実際に発信している通りに自分自身も行動しているのであれば自らも結果責任を負うわけですから、そういう意味では責任を負っているとも言えるのではないでしょうか?

このように自らも結果責任を負っていることを示すためにも、私は情報発信者が自らのポジションを公開するということは非常に大切だと思っています。

投資損益や取得単価を含めた自らに不利になり得る情報についても積極的に公開することが、情報発信者としての責任を果たす有力な手段であると考えて私は自分の投資損益を公開しています。

私の考えを万人にまで適用させるべきとまでは思っていないが

以上、情報発信者における「投資は自己責任で」という言葉の意味合いについて私なりの考えをお話させていただきました。

ただこれはあくまで私が個人的にこうあるのが望ましいのではぐらいに考えているだけであり、広く適用すべき絶対的な考え方であるとまでは思っていません。

最近は特定の銘柄や投資対象について購入を勧める内容の情報をよく見かけます。人に特定の手法や銘柄をお勧めするのであれば、情報発信者としてその重みを改めて考えてみるべきなのではないかと私ローンウルフは考えています。

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