ビットコインと金と「時の試練」について

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お疲れ様です、ローンウルフです。

昨日5月22日、ツイッター上で交流している個人投資家のレムさんと焼肉に行ってきました。

 

身の危険を感じるような事態に遭遇するリスクを避けたいという思いと、あまり仲良くなりすぎてしまうと気を遣って自由な発言が出来なくってしまうのではとの考えから、私はインターネットで交流のある人とリアルに会うことに対しては消極的でした。

ですがレムさんは数年来の付き合いでブログもかなり前から見てくれていたので、そのあたり問題ないのかなと思ってお会いしました。

投資遍歴や投資手法、他の個人投資家の方々の話題、普段どうやって損失のツイートに対して秒速でいいねをつけているか等の話をしたわけですが、話の中で私はレムさんからこのような質問を受けました(もしかしたら微妙に間違っているかもしれないけど大体このようなニュアンスだったはず)。

「ビットコインと金、類似した投資先だけどビットコインに投資をしたくないと思うのはなぜですか?」

この質問に対して私はこう答えました。

「ビットコインは金と比べてまだ時の試練を受けていないからです」

数千年の歴史がある金と10数年しか歴史の無いビットコイン

「時の試練」という言葉はナシーム・ニコラス・タレブの著書「反脆弱性 不確実な世界を生き延びる唯一の考え方」を通して知った言葉です。

この言葉の意味を簡単に説明すると、昔からあるもので今も生き残っているものは長い時間を経て人々から選別された上で生き残っており、今後もそのものが人々から支持を受け続ける可能性が高いだろうという考え方です。

例を挙げると、夏目漱石の「坊ちゃん」という小説は名著として100年以上にわたって人々に読まれ続けています。対して昨年ベストセラーとなった小説があったとします。この2つのうち100年後も読まれ続ける可能性が高いのはどちらでしょうか?

おそらく前者の方が読まれ続ける可能性が高いと思います。それは「坊ちゃん」という作品が100年という時間を経て様々な人から選別された上で読み継がれており、次の100年も生き残り続ける可能性が高いのです。

対して昨年のベストセラー作品はそうした時間の経過による選別をまだ受けておらず、100年後も多くの人に読まれ続けるかどうかは「坊ちゃん」と比べると不透明です。

これを金とビットコインの話に戻すと、金は数千年もの間、価値保存手段として多くの国・人に利用されてきました(宝飾品としての利用目的もありますが)。今後も価値保存手段として生き残り続ける可能性は極めて高いでしょう。

しかしビットコインが誕生したのは2009年で、その歴史はまだたったの12年しかありません。まだ時間の経過による選別は受けておらず、20年後30年後も価値保存手段としての地位を保持し続けるかどうかは不透明です。

ですから価値保存手段として金とビットコインを比較した場合、こうした時間の経過による時の試練を受けていないビットコインよりも、金の方に価値保存手段としての魅力を私は感じるのです。

言葉を知る前から私に染み付いていた「時の試練」の概念

私がアメリカ株投資においていわゆるオールドエコノミー銘柄を好むのはこうした背景もあります。長きにわたって君臨してきた銘柄群は、時間の経過によって得た強力なブランド力によって今後も長くその立場を維持する可能性が高いと考えているのです。

「時の試練」という言葉自体はアメリカ株投資を始めた後に知ったわけですが、元々の思考回路にこうした考え方が染み付いていたようです。だからこそ私はタレブの言葉に共感することが多かったんでしょうね。

この記事を読んでいる皆さんも、投資先を決めるにあたってはこの時の試練という考え方も踏まえた上で判断してみても良いのではないかと私ローンウルフは考えています。

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