熱狂の度に非難される「時代遅れの古い投資家」
お疲れ様です、ローンウルフです。
私の好きな投資本の1つに、ジョン・テンプルトンの投資手法について取り上げた「テンプルトン卿の流儀」(ローレン・C・テンプルトン、スコット・フィリップス著)があります。
この本の中で、過去の相場過熱時に起きていたことが今この時代でも全く同じように起きていたなと感じた記述がありました。
その記述内容について、今回の記事で紹介したいと思います。
相場が過熱すると出てくる「新時代の投資」
ちなみにジョン・テンプルトンは逆張り・バリュー投資で有名な投資家です。皆が総悲観に陥っている対象に好んで投資します。著者はテンプルトン本人ではなくテンプルトンの甥ではあるんですが、テンプルトンの投資行動について詳しく理解されている方です。
それでは記述内容について紹介していきたいと思います。
過去における市場の熱狂者を分析して見ると、あらゆる事例に現れる一定の誤ったイデオロギーがある。
(略)
金融パラダイムが変化して、もはや株価や企業価値が意味をもたない新時代へと市場が突入したといった誤った観念を表明するような主張もそのひとつだ。
「我々は金融の新時代に入った。古い原則はもはや当てはまらない」
というような言い方がなされるわけだ。
以前の記事で私は、相場が過熱してくると輝かしいストーリーに彩られた「新時代の投資」が登場してもてはやされるということについて取り上げました。
最近のことなので覚えている方も多いかともいますが、2021年にはナスダック100にレバレッジをかけた通称「レバナス」が新世代の投資としてもてはやされました。
相場が過熱してくると古今東西問わずにこうした主張が出てくるのが常のようです。
そしてこうした主張に出会った場合には「バーゲンハンティング魂を揺り起こすあらゆる警報やベルや警笛が鳴るようにしておくとよい」としました。
熱狂の度に非難される「時代遅れの古い投資家」
そして相場が過熱している時に出てくるもう1つの主張として、以下のものが取り上げられています。
その種の推測に必ずついてまわるものとして、「国内の金融市場の変化を理解していないか、それに適用できない高齢者のみが株式にしがみついている」といったような付随的な主張がある。
(略)
新時代の投資家は「時代遅れの」古い投資家を非難することが多い。
(略)
以上に挙げたような主張は何らかの理由でバリュー投資家を標的とし、彼らに冷笑を浴びせかけようとするものだ
この記述を見て正直「俺もこういうこと言われた!」って思いました(笑)2021年あたりだったと思うんですが、ソフトバンクグループへの投資に否定的なコメントをしていた時に
「ああいう老害が若い投資家の芽を潰すんだ!」
とか言われてましたからね。あと某レバナスYouTuberもハイテクへの投資を否定する奴は今のインターネットが発達した時代に糸電話で電話するような連中、みたいに言っていましたね。
いつの時代も「新時代の投資家」が「時代遅れの古い投資家」を馬鹿にするという構図は変わらないようです。
また2020年後半~2021年にかけて、グロース株投資をメインにしている人が上述のようにバリュー株投資家を小馬鹿にしたような表現が目立ちました。
時代が変わろうと、熱狂が巻き起こす人々の感情は同じだという事をこの本を読んで痛感しました。
いつの時代も歴史的押韻は起こる
よく投資の世界において「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉が持ち出されることがあります。
相場の推移自体は過去の値動きがそのまま繰り返されることは滅多にありませんが、時代を問わず相場の熱狂時に人々が同じような心理状況に陥るという事が、10年以上前に書かれたこの本を読むとわかります。
同じような熱狂を表す表現を見かけたら、我々個人投資家は充分に注意を払うべき局面に来ていることを肝に銘じたほうがいいと私ローンウルフは考えています。